--/--/--
--:--:--
Category:スポンサー広告│
コメント:--│
トラックバック :--
2012/02/10
12:24:00
2月12日に開かれる東方椰麟祭 第三幕において遠名なっつさん(PIXIV)主催の
東方神霊廟合同『神霊廟ですよ!~神霊廟合同~』(主催ページ)が領布されます。
特設ページはこちら
自分も参加させて頂きました。

今回は響子ちゃんメインのギャグ漫画です。
風-29 にじいろぴゐなっつにありますのでよろしくお願いします。
ではまた。
東方神霊廟合同『神霊廟ですよ!~神霊廟合同~』(主催ページ)が領布されます。
特設ページはこちら
自分も参加させて頂きました。

今回は響子ちゃんメインのギャグ漫画です。
風-29 にじいろぴゐなっつにありますのでよろしくお願いします。
ではまた。
2012/02/10
12:13:16
皆様あけましておめでとうございます。
まだ年賀状送ってない竹峰です。
必ず何らかのはがき送りますんで勘弁して下さい。
とまあ、いきなりお詫びでした。
一応年賀絵は描いてました。

東方の紅美鈴です
高画質版はこちら→PIXIV
もらった年賀状にはこれと別に書き下ろして送ります。
そういえば色彩検定の合格証届きました。
これで来週のフォトショップの検定合格すれば学校で取った資格5個目になりますがどうなることやら。
それでは。
まだ年賀状送ってない竹峰です。
必ず何らかのはがき送りますんで勘弁して下さい。
とまあ、いきなりお詫びでした。
一応年賀絵は描いてました。

東方の紅美鈴です
高画質版はこちら→PIXIV
もらった年賀状にはこれと別に書き下ろして送ります。
そういえば色彩検定の合格証届きました。
これで来週のフォトショップの検定合格すれば学校で取った資格5個目になりますがどうなることやら。
それでは。
2011/12/29
21:19:34
時期的にはギリギリ通り越してアウトな気もしますが、
C81の告知させていただきます。
まずは東方ギャグマンガ大全5
紅緑亭・コンバット若本さんの合同誌です。
毎年誘っていただいて感謝しております。
金曜日 東地区“カ”ブロック-15bにて頒布されます。
屋敷犬さんと漫画4P描かせていただきました。

特設ページはこちら
http://kouryokutei.web.fc2.com/gyagu_goudou5/gyagu_goudou5.html
紹介動画はこちら
お次は巫女とブン屋の学園モノ
第四分隊・雪村和哉さん、ゆめまぼろし・氷雨さんの合同誌です。
古翠さんに誘っていただきました。感謝です。
金曜日 東地区“ナ”ブロック-44abにて頒布されます。
挿絵二枚描かせていただきました。

特設ページはこちら
http://ayareimu.web.fc2.com/goudo/index.html
最後にコミケで出せるといいなイラスト本
かな屋敷・秋庭かなさんのコピー本です。
毎回誘ってくれて感謝してます。
金曜日 東地区“ソ”ブロック-12aにて頒布されます。
モノクロイラスト1枚描かせていただきました。

詳細はこちら
http://knysk.blog45.fc2.com/
今回も行けませんが皆様よろしくお願いします。
年賀状はメールやスカイプ等で住所教えてくれたら送りますんでよろしくお願いします。
最近寒いのでイベントに行かれる方は風邪に気をつけてください。
では皆様良い御年を
C81の告知させていただきます。
まずは東方ギャグマンガ大全5
紅緑亭・コンバット若本さんの合同誌です。
毎年誘っていただいて感謝しております。
金曜日 東地区“カ”ブロック-15bにて頒布されます。
屋敷犬さんと漫画4P描かせていただきました。

特設ページはこちら
http://kouryokutei.web.fc2.com/gyagu_goudou5/gyagu_goudou5.html
紹介動画はこちら
お次は巫女とブン屋の学園モノ
第四分隊・雪村和哉さん、ゆめまぼろし・氷雨さんの合同誌です。
古翠さんに誘っていただきました。感謝です。
金曜日 東地区“ナ”ブロック-44abにて頒布されます。
挿絵二枚描かせていただきました。

特設ページはこちら
http://ayareimu.web.fc2.com/goudo/index.html
最後にコミケで出せるといいなイラスト本
かな屋敷・秋庭かなさんのコピー本です。
毎回誘ってくれて感謝してます。
金曜日 東地区“ソ”ブロック-12aにて頒布されます。
モノクロイラスト1枚描かせていただきました。

詳細はこちら
http://knysk.blog45.fc2.com/
今回も行けませんが皆様よろしくお願いします。
年賀状はメールやスカイプ等で住所教えてくれたら送りますんでよろしくお願いします。
最近寒いのでイベントに行かれる方は風邪に気をつけてください。
では皆様良い御年を
2011/12/13
14:21:58
色々と思うところがあったので書いてみました。
0.はじめに
去年末、NHKで坂の上の雲のドラマやってましたね。
わりといいドラマで続きが非常に楽しみです。
とはいえ坂の上の雲は特に司馬史観とかの絡みで色々と議論が多いわけで。
とりあえず司馬史観は説明も面倒ですし、わりとどうでもいい話なので割愛します。
問題があるとすればそれを表現する方法です、わかりやすく言うと英雄を賞賛するために今までの価値観をとことん貶める手法です。
例えば自分が嫌な思いした太平洋戦争末期の陸軍や政府をとことん貶めるために明治がいかに開かれた希望あふれる時代であったかをことさら強調したり、またあるときは空海を貶めて最澄を持ち上げてみたり。
まあ、軍部批判しようとして日本ぼろ負けだから言いたい放題言えるとノモンハン事件のこと調べてロシアの公開資料と重ねてみたらむしろ戦車以外の被害は全てソ連の方が多くて書くのやめたとかそのあたりもどうでもいいです。
(実はノモンハン事件は圧倒的戦力優勢の側が劣勢の相手より被害が多い稀有な戦例だったりします。)
あくまで歴史家じゃなく小説家ですし。
問題なのは小説を歴史の教科書のように鵜呑みにして右往左往する人なのです。小説は事実を書いているわけではありません。なので、坂の上の雲や司馬遼太郎を闇雲に批判しているわけではありません。
おそらく坂の上の雲や殉死を読まれて歴史を知ったつもりになっている人は乃木将軍を無能という意見になっていることと思います。
今回はそれに対して反論してみようかと思います。
1、戦術について
乃木将軍率いる第3軍が参加した二つの戦いについて考えます。
①旅順攻略戦
坂の上の雲などでは第三軍だけが旅順要塞を軽視し、無策のまま挑んで闇雲に兵を突撃させ、損害をいたずらに増やし、優秀な参謀 児玉源太郎が来るまで落とせなかったかのような表現ですが実際のところはどうなのか順に追って見てみましょう。
まず、なぜ攻略する必要があったか。
それはロシア太平洋艦隊の存在です。太平洋艦隊とバルチック艦隊、その一つ一つが日本の連合艦隊に匹敵する戦力であったため、バルチック艦隊が太平洋に現れて合流される前に太平洋艦隊を殲滅しなければいけませんでした。
黄海会戦等の数回の海戦と3次にわたる旅順封鎖作戦が失敗に終わったため、旅順港に篭る太平洋艦隊に対して旅順の要塞を落として陸上からの砲撃で攻撃する必要が出てきたわけです。
本来なら攻城戦は囲んで消耗を待つのが上策ですが、バルチック艦隊が向かってきてる以上時間的な余裕もなく力攻めする必要に迫られたというわけです。
旅順には清国が築いた要塞があったのですが、ロシアは多額の資金を投じて大砲は大小合わせて650門、機関銃60門を設置し、要所をコンクリートで固め、鉄条網を張り巡らせた近代要塞に作り変えていたのです。あわせて兵を48000人配置していました。
しかし大本営はかなり甘く見積もり、兵15000人、砲100門ほどと計算して、第3軍は兵50000人、砲300門で編成したのです。はっきり言って劣勢もいいところです。
そういった情報はある程度調べていたのですが、旅順近辺の情報はなぜか海軍だけが握っていて陸軍に伝えられず、さらに乃木将軍をはじめとする第三軍首脳は大砲と弾薬の増援を希望していましたがそれも叶えられずという最悪な状態で旅順攻略がスタートしました。
第一次総攻撃は8月19日、強襲に失敗し被害甚大なため24日攻撃中止
(しかも、最初は正攻法で攻めようとしたところ、大本営に時間が無いとせかされて無理に突撃させられたそうです。ひどいことに準備の時間ももったいないから早く攻めろなどといわれたそうです。)
のちに東京湾要塞の28センチ砲をはじめ、内地から運んできた大砲で増強
第二次総攻撃は10月26日、強襲に変え塹壕を掘り進む正攻法で攻撃するも31日攻撃中止
損害を埋めるため第7師団増強
そして、バルチック艦隊が迫ってきているため大本営は、要塞より203高地の占拠を優先し観測所を築き太平洋艦隊に砲撃せよと命令。
第三次総攻撃は11月26日、目標を203高地に変え開始された。白襷隊の失敗や映画でも有名な壮絶な争奪戦はこのときのもの。
12月6日203高地陥落、1月1日185高地占領、同日ロシア軍降伏
これにより戦費の調達が比較的容易になったそうです。
被害をまとめるとこの要塞をめぐる155日間に及ぶ戦いにおいて無理な強襲を行った第一次総攻撃以外の戦闘では、要塞を守っているロシア軍の被害の方が常に上回っていました。
この旅順攻囲のような近代要塞に対する攻撃というのは実は日本軍が世界で初めてだったのです。
史上初の近代要塞攻略、少ない支援、足りない情報という状況でさらに攻略までの期限が決められていた。そんな無茶な状況で目標を達成出来たというのは少なくとも自分には無能には思えません。
規模や状況が違うとはいえ第一次大戦のひどい死傷者の数を見るとむしろ少ないくらいかと。
当時でさえ腹を切れとか無能呼ばわりされてたじゃないかという意見もあるかと思いますが、社会保障が整備されていなかった当時は戦死すると純粋に働き手がいなくなり家族が路頭に迷うという状況もありますし、10万単位の戦死傷者という状況も日本にとっては初めてであり、衝撃的であったということも考えなければいけないかと思います。
②奉天会戦
旅順攻略後、第三軍は兵員の補充を受け補給上の困難を克服しつつ2月28日に奉天の西翼に展開しました。
旅順を落とした乃木将軍をロシア側は警戒していたので、西翼側に10万の兵を動かしました、対する第3軍は3万8千、約三倍の兵力差でした。
3倍の兵力差に苦戦しつつも第3軍は北側に迂回しつつロシア軍の退路を断つため包囲を試みました。
日本軍は奉天の北西南を包囲しつつ3月1日から総攻撃、3月7日ロシアが撤退、8日に日本軍に追撃命令、9日ロシア軍の反撃、10日ロシア軍の退却を持って奉天会戦は終了しました。
まずは大事な決戦に間に合ったこと、これは評価できると思います。兵力が決戦に間に合わず勝てる戦を落とした先例は数多くあるので。
次に包囲を完成できずに大魚を逸した感はありますが、日本軍全体がそんな余裕なかったので第3軍だけの責任ではありません。むしろ3倍近い兵力差で戦線を維持した手腕はすごいといえるかと。攻め手が1/3の兵力というのは普通は進むのを諦めて守りに入るレベルですので。
③戦術まとめ
以上事例を踏まえて自分の意見としては第3軍司令部は決して無能の集まりではないといえるのではないかと思います。たとえ、序盤の躓きや白襷隊のミスを差し引いてもです。
2、精神論について
これに対する批判についても、言いたくなる気持ちはわからないでもないです。
一般的なイメージだと第3軍司令部の失態が第二次大戦の政府や軍部の頑迷かつ定見のない暴走っぷりや、特に戦争末期の意味のない無責任な精神論にオーバーラップするんですよね。
敗戦がトラウマになってるのはわかります、ただしそれは40年もさかのぼって乃木将軍を槍玉にあげるのははっきり言っておかしいです。
乃木将軍は自身の栄達なんかこれっぽっちも考えていないし、乃木将軍の精神論は自分を厳しく律した上に成り立ってる本当の武士道ですから。
3、最後に
今回は戦術と精神論の2点、主として戦術を考えて批判に対する反論を述べましたが、これが正しいと断言するものではありません。あくまで意見の一つとして考えていただけたらという程度のものです。
一つのことについて考えるとき特に批判する場合には、一つの視点からではなく、より大局からいろいろなものを見て考えていかなければいけないと思わずにはいられません。
あとがき
これ実は今年の初めに書いてたものを友人とかに見てもらって直したものですが、読みずらい部分やわかりにくい部分があったらごめんなさい。
ドラマの児玉さん無茶言うなよ、あんた感情的に怒鳴り過ぎって思ったのは僕だけじゃないはずwとりあえず203高地占領は感動しましたよ。再放送もあるんでぜひ見てください。
そこから旅順港は見えるか?! >見えまーす!丸見えでありまーす!! これ旅順港を女湯とかに変えてコメディのネタとか誰かやりそう。
話は変わって近況ですが自転車で転んで尾骨折りました。ツキがないというかなんというか今度お払い行こうかなと真剣に考えてたりします。
誰か運を下さい。愛でもいいですw
ではまた
0.はじめに
去年末、NHKで坂の上の雲のドラマやってましたね。
わりといいドラマで続きが非常に楽しみです。
とはいえ坂の上の雲は特に司馬史観とかの絡みで色々と議論が多いわけで。
とりあえず司馬史観は説明も面倒ですし、わりとどうでもいい話なので割愛します。
問題があるとすればそれを表現する方法です、わかりやすく言うと英雄を賞賛するために今までの価値観をとことん貶める手法です。
例えば自分が嫌な思いした太平洋戦争末期の陸軍や政府をとことん貶めるために明治がいかに開かれた希望あふれる時代であったかをことさら強調したり、またあるときは空海を貶めて最澄を持ち上げてみたり。
まあ、軍部批判しようとして日本ぼろ負けだから言いたい放題言えるとノモンハン事件のこと調べてロシアの公開資料と重ねてみたらむしろ戦車以外の被害は全てソ連の方が多くて書くのやめたとかそのあたりもどうでもいいです。
(実はノモンハン事件は圧倒的戦力優勢の側が劣勢の相手より被害が多い稀有な戦例だったりします。)
あくまで歴史家じゃなく小説家ですし。
問題なのは小説を歴史の教科書のように鵜呑みにして右往左往する人なのです。小説は事実を書いているわけではありません。なので、坂の上の雲や司馬遼太郎を闇雲に批判しているわけではありません。
おそらく坂の上の雲や殉死を読まれて歴史を知ったつもりになっている人は乃木将軍を無能という意見になっていることと思います。
今回はそれに対して反論してみようかと思います。
1、戦術について
乃木将軍率いる第3軍が参加した二つの戦いについて考えます。
①旅順攻略戦
坂の上の雲などでは第三軍だけが旅順要塞を軽視し、無策のまま挑んで闇雲に兵を突撃させ、損害をいたずらに増やし、優秀な参謀 児玉源太郎が来るまで落とせなかったかのような表現ですが実際のところはどうなのか順に追って見てみましょう。
まず、なぜ攻略する必要があったか。
それはロシア太平洋艦隊の存在です。太平洋艦隊とバルチック艦隊、その一つ一つが日本の連合艦隊に匹敵する戦力であったため、バルチック艦隊が太平洋に現れて合流される前に太平洋艦隊を殲滅しなければいけませんでした。
黄海会戦等の数回の海戦と3次にわたる旅順封鎖作戦が失敗に終わったため、旅順港に篭る太平洋艦隊に対して旅順の要塞を落として陸上からの砲撃で攻撃する必要が出てきたわけです。
本来なら攻城戦は囲んで消耗を待つのが上策ですが、バルチック艦隊が向かってきてる以上時間的な余裕もなく力攻めする必要に迫られたというわけです。
旅順には清国が築いた要塞があったのですが、ロシアは多額の資金を投じて大砲は大小合わせて650門、機関銃60門を設置し、要所をコンクリートで固め、鉄条網を張り巡らせた近代要塞に作り変えていたのです。あわせて兵を48000人配置していました。
しかし大本営はかなり甘く見積もり、兵15000人、砲100門ほどと計算して、第3軍は兵50000人、砲300門で編成したのです。はっきり言って劣勢もいいところです。
そういった情報はある程度調べていたのですが、旅順近辺の情報はなぜか海軍だけが握っていて陸軍に伝えられず、さらに乃木将軍をはじめとする第三軍首脳は大砲と弾薬の増援を希望していましたがそれも叶えられずという最悪な状態で旅順攻略がスタートしました。
第一次総攻撃は8月19日、強襲に失敗し被害甚大なため24日攻撃中止
(しかも、最初は正攻法で攻めようとしたところ、大本営に時間が無いとせかされて無理に突撃させられたそうです。ひどいことに準備の時間ももったいないから早く攻めろなどといわれたそうです。)
のちに東京湾要塞の28センチ砲をはじめ、内地から運んできた大砲で増強
第二次総攻撃は10月26日、強襲に変え塹壕を掘り進む正攻法で攻撃するも31日攻撃中止
損害を埋めるため第7師団増強
そして、バルチック艦隊が迫ってきているため大本営は、要塞より203高地の占拠を優先し観測所を築き太平洋艦隊に砲撃せよと命令。
第三次総攻撃は11月26日、目標を203高地に変え開始された。白襷隊の失敗や映画でも有名な壮絶な争奪戦はこのときのもの。
12月6日203高地陥落、1月1日185高地占領、同日ロシア軍降伏
これにより戦費の調達が比較的容易になったそうです。
被害をまとめるとこの要塞をめぐる155日間に及ぶ戦いにおいて無理な強襲を行った第一次総攻撃以外の戦闘では、要塞を守っているロシア軍の被害の方が常に上回っていました。
この旅順攻囲のような近代要塞に対する攻撃というのは実は日本軍が世界で初めてだったのです。
史上初の近代要塞攻略、少ない支援、足りない情報という状況でさらに攻略までの期限が決められていた。そんな無茶な状況で目標を達成出来たというのは少なくとも自分には無能には思えません。
規模や状況が違うとはいえ第一次大戦のひどい死傷者の数を見るとむしろ少ないくらいかと。
当時でさえ腹を切れとか無能呼ばわりされてたじゃないかという意見もあるかと思いますが、社会保障が整備されていなかった当時は戦死すると純粋に働き手がいなくなり家族が路頭に迷うという状況もありますし、10万単位の戦死傷者という状況も日本にとっては初めてであり、衝撃的であったということも考えなければいけないかと思います。
②奉天会戦
旅順攻略後、第三軍は兵員の補充を受け補給上の困難を克服しつつ2月28日に奉天の西翼に展開しました。
旅順を落とした乃木将軍をロシア側は警戒していたので、西翼側に10万の兵を動かしました、対する第3軍は3万8千、約三倍の兵力差でした。
3倍の兵力差に苦戦しつつも第3軍は北側に迂回しつつロシア軍の退路を断つため包囲を試みました。
日本軍は奉天の北西南を包囲しつつ3月1日から総攻撃、3月7日ロシアが撤退、8日に日本軍に追撃命令、9日ロシア軍の反撃、10日ロシア軍の退却を持って奉天会戦は終了しました。
まずは大事な決戦に間に合ったこと、これは評価できると思います。兵力が決戦に間に合わず勝てる戦を落とした先例は数多くあるので。
次に包囲を完成できずに大魚を逸した感はありますが、日本軍全体がそんな余裕なかったので第3軍だけの責任ではありません。むしろ3倍近い兵力差で戦線を維持した手腕はすごいといえるかと。攻め手が1/3の兵力というのは普通は進むのを諦めて守りに入るレベルですので。
③戦術まとめ
以上事例を踏まえて自分の意見としては第3軍司令部は決して無能の集まりではないといえるのではないかと思います。たとえ、序盤の躓きや白襷隊のミスを差し引いてもです。
2、精神論について
これに対する批判についても、言いたくなる気持ちはわからないでもないです。
一般的なイメージだと第3軍司令部の失態が第二次大戦の政府や軍部の頑迷かつ定見のない暴走っぷりや、特に戦争末期の意味のない無責任な精神論にオーバーラップするんですよね。
敗戦がトラウマになってるのはわかります、ただしそれは40年もさかのぼって乃木将軍を槍玉にあげるのははっきり言っておかしいです。
乃木将軍は自身の栄達なんかこれっぽっちも考えていないし、乃木将軍の精神論は自分を厳しく律した上に成り立ってる本当の武士道ですから。
3、最後に
今回は戦術と精神論の2点、主として戦術を考えて批判に対する反論を述べましたが、これが正しいと断言するものではありません。あくまで意見の一つとして考えていただけたらという程度のものです。
一つのことについて考えるとき特に批判する場合には、一つの視点からではなく、より大局からいろいろなものを見て考えていかなければいけないと思わずにはいられません。
あとがき
これ実は今年の初めに書いてたものを友人とかに見てもらって直したものですが、読みずらい部分やわかりにくい部分があったらごめんなさい。
ドラマの児玉さん無茶言うなよ、あんた感情的に怒鳴り過ぎって思ったのは僕だけじゃないはずwとりあえず203高地占領は感動しましたよ。再放送もあるんでぜひ見てください。
そこから旅順港は見えるか?! >見えまーす!丸見えでありまーす!! これ旅順港を女湯とかに変えてコメディのネタとか誰かやりそう。
話は変わって近況ですが自転車で転んで尾骨折りました。ツキがないというかなんというか今度お払い行こうかなと真剣に考えてたりします。
誰か運を下さい。愛でもいいですw
ではまた
2011/10/26
00:52:59
少し間が開きましたが対決第二弾です。

クリックで大きくなります
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=22622253
紅葉無しはPIXIVでどうぞw”18禁”です。
今回のかなさんのは
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=22622676
”18禁”なので注意です。
今回は一勝二敗で惜しくも破れました。
次回は何とか勝ちたいところです。
多分次の第三弾はWORKING!!になるのかなと思います。
さて誰を描いたものか。
ではまた

クリックで大きくなります
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=22622253
紅葉無しはPIXIVでどうぞw”18禁”です。
今回のかなさんのは
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=22622676
”18禁”なので注意です。
今回は一勝二敗で惜しくも破れました。
次回は何とか勝ちたいところです。
多分次の第三弾はWORKING!!になるのかなと思います。
さて誰を描いたものか。
ではまた





